【債権回収】 支払督促制度 ~デメリットに要注意!
札幌の弁護士による債権回収解説コラム第8回です。
前回(仮差押えのメリットとデメリット)まで、仮差押えなどの民事保全制度を見てきました。
今回からは、債権回収の正攻法である裁判による債権回収について解説します。
さて、皆さんは支払督促という制度をご存じでしょうか。
債権回収の本やサイトには、この支払督促という制度や少額訴訟という制度がよく取り上げられています。
普通の裁判よりもずっと簡単で素早く解決できる制度であり、非常に便利である、という形で好意的に取り上げられていることが多いと思います。
そのため、そのような情報をもとに支払督促や少額訴訟を利用して裁判を起こす、という方も多いようです。確かに簡単な手続きですので、弁護士に依頼せずにこれらを利用する方もめずらしくありません。
しかし、支払督促も、少額訴訟も、それが有効である場面は非常に限られています。特に、支払督促にはデメリットが多く、率直にいって、普通の事業者や会社にとってはほとんど役に立ちません。
事実、弁護士が債権回収を行う際に、支払督促や少額訴訟を使うことはほとんどありません。
なぜなら、支払督促も少額訴訟も効果が薄く、時間や労力を無駄にすることが多いからです。最初から普通の裁判を行った方が、ずっと効率が良いのです。
そこで、今回は支払督促について、次回は少額訴訟について、その実態を説明します。
支払督促というのは、非常に簡単で便利な制度であると言われます。
この制度は、裁判所に支払督促の申し立てを行うと、裁判所が簡単な書類審査だけで、相手に対して支払いの命令を出してくれるのです。
普通の裁判と違い、証拠を提出する必要もありませんし、裁判を開いたり、裁判に出席する必要もありません。
郵送で提出することもできるため、裁判所に行く必要すらなく、書式に沿って申立書を作成するだけで裁判所の命令が得られるのです。
しかも、裁判所に納付する収入印紙も、普通の裁判の約半分で良いことになっています。
簡単な手続きで、早く、安く支払い命令が得られる。それを使えば強制執行を行うこともできる。これが支払督促のメリットです。
しかし、実際にはこの制度はあまり役に立ちません。それどころか、かえって無駄が大きくなることが通常です。
なぜなら、以下のような大きなデメリットがあるからです。
Ⅰ 相手から異議を出されると支払督促は無効となってしまう
支払督促は、簡単な手続きで支払い命令を出してくれます。しかし、あまりに簡単な手続きすぎて、証拠も確認せず、相手の意見も聞きません。
そのため、支払督促を受けた相手方は、支払督促を受けてから2週間以内に、裁判所に「異議」を出すだけで、支払督促を無効とすることができます。
この「異議」には理由も何もいらず、ただ、「異議がある」と回答するだけで支払督促は無効になってしまいます。
しかも、裁判所は、支払督促を送付する際に、異議の出し方や書式などを説明する文書を同封します。支払督促を受け取った相手は、特に何も反論することがなくても、ただ異議を出すだけで支払督促を無効にして、時間を稼ぐことができます。
そのため、支払督促には異議を出すのがむしろ通常といってもいいかもしれません。
Ⅱ 異議が出されると普通の裁判に移行してしまう
支払督促に異議が出されると支払督促がただ無効となるだけではありません。そのまま、自動的に普通の裁判に移ってしまいます。
そうすると、せっかく簡単な手続きであると思って支払督促をしたのに、普通の裁判と同じように、証拠をしっかりと整理して提出し、足りない収入印紙を追加で支払い、裁判を開く日時に出席して、判決が出るまで裁判を続けていかなければなりません。
これを行わなければ、裁判が却下されたり、請求が認められなくなります。しかも、裁判は嫌だからと取りやめたとしても、すでに納付した収入印紙や使った切手代は戻ってきません。
さきほど、支払督促には異議が出されるのが通常ともいえる、と指摘しましたが、異議が出るとこのように普通の裁判となってしまいますので、それなら最初から普通の裁判を起こした方が書類の提出や印紙の納付が一度で済んで効率的ではないでしょうか。
Ⅲ 支払督促では、かえって時間や費用を無駄にしてしまう
さきほどの点とも関連しますが、支払督促に異議が出ると普通の裁判に移行してしまいますが、実は、最初から普通の裁判を起こすよりもかえって不利になってしまう点があるのです。
支払督促を起こした場合、相手は2週間以内に異議を出せばよいですが、異議が出た時点で普通の裁判に移行します。それから裁判を始めることになりますので、実は、最初から普通の裁判を起こした場合よりも、裁判が開かれるまでの時間が長くなってしまいます。つまり、素早く解決しようと支払督促を利用したのに、最初から普通に裁判を起こした方が解決が早かったということになってしまうのです。
そして、もっと重大な問題があります。それは、支払督促後の裁判は、必ず相手の住所近くの裁判所で開かれるという点です。
実は、普通の裁判を起こす際には、通常、裁判を起こす原告の住所に近い裁判所で裁判を起こすことが認められています。しかし、支払督促に異議が出された場合の裁判では、相手の住所近くの裁判所で裁判を行うことになってしまうのです。
たとえば、こちらが札幌市、相手が釧路市に会社があるとします。こちらから普通の裁判を起こす場合、札幌簡易裁判所に起こすことができます。しかし、支払督促を申し立て、異議が出された場合には、相手の住所である釧路簡易裁判所で裁判が開かれますので、裁判のたびに、釧路まで出向く必要があるのです。
これでは、時間、労力、交通費などの負担がどれほど大きくなるかわかりません。
支払督促には、このような大きなデメリットがありますので、弁護士がこれを利用することはほとんどありません。
確かに、相手が異議を出さなければ簡単に支払命令が得られます。ですので、相手が異議を出さない見込みがあるのであれば、支払督促を利用すれば便利といえます。
しかし、事前に相手との交渉が難航している場合には、異議を出してくるのが当然です。また、相手に何も文句がなくても、時間を稼ぐためだけに異議を出す場合もあります。異議を出すには、ただ「異議がある」という書面を提出すればよく、手数料も何もいりませんから、普通は異議を出さない理由がないでしょう。
ですので、支払督促を起こす場合には、異議が出された場合を常に念頭においておき、前述したⅠⅡⅢのデメリットを考慮して、本当に支払督促を起こすべきか、普通の裁判を起こすべきでないか、を慎重に考える必要があるのです。
ちなみに、それではなぜ支払督促という制度が存在し、実際に利用されているのでしょうか。
実は、支払督促の多くは、信販会社や消費者金融、電話会社など、非常に多くの顧客に対して滞納金を請求する業者によって利用されています。
これらの会社は、毎月膨大な数の訴訟手続きを起こします。数も多いため、中には、支払督促に異議も出さない人も一定数含まれます。ですので、支払督促を利用すれば、そういった裁判を無視する人に対しては低いコストで支払い命令を得ることができるのです。
もし異議が出されても、これらの業者ではどの顧客に対する裁判もほぼ定型的なものですし、手続きにも慣れていますので、たいした労力もかかりません。
こうした日常的に定型的な裁判を起こす会社にとっては支払督促は便利といえるでしょう。
しかし、普通の会社や個人にとっては、前述したようなデメリットの方が大きいのではないでしょうか。
以上が支払督促の説明です。
冒頭にも取り上げましたが、債権回収の本やサイトでは、支払督促が便利な制度であると紹介されていることが多いようですが、それは実態を知らない意見だと思います。
実際には、支払督促にはデメリットが多く、あまり役に立つことはありません。
利用される場合には、必ず、相手が異議を出した場合にどう対応するのか、ということまで考えて行う必要があります。異議が出されても構わない、という場合に限って、便利に利用できる制度ということです。
次回は、少額訴訟制度について詳しく見ていきます。
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