【債権回収】 不動産競売手続き② ~抵当権、担保の効果とは
札幌の弁護士による債権回収解説コラム第14回です。
前回は、「不動産競売手続き① ~土地・建物を差し押さえるには」と題し、抵当権・担保がない場合の不動産の差し押さえについて説明しました。
不動産を差し押さえた場合、その不動産を競売という手続きで売却し、その売却代金から債権を回収することができる、という内容でした。
ただ、その場合に、その不動産に抵当権がついているかどうか、ついている場合にその残額はいくらか、が非常に重要であるとも説明しました。
今回は、その「抵当権」にはどのような効果があるのか、抵当権がある場合の差し押さえの方法、について解説します。
【抵当権とは何か】
「抵当権」をつけるというのは、借り入れをする場合に、土地・建物といった不動産を担保に差し出すという意味です。
一番なじみがあるのは、住宅を購入する場合の住宅ローンです。
住宅ローンを組んで家を購入する場合、そのローンを組んだ銀行や住宅金融支援機構が、その不動産を担保にとります。これを正式には、不動産に「抵当権を設定する」といいます。
この場合、その住宅ローンが返済できなくなると、担保に入った不動産は取り上げられて売却され、自宅からは追い出されてしまいます。
住宅ローン以外の借入金や債務についても、同じように抵当権を設定することができます。
物の仕入れ代金やお金の貸し借りの際に、会社の代表者などを保証人にすることがあるかと思いますが、抵当権は、人ではなくその不動産を保証人にする、というようなものです。
本人が債務を支払わない場合に、その不動産に代わりに支払ってもらう、ということです。
保証人をつける場合には保証人と保証の契約書を作成します。
抵当権をつける場合には、その不動産の所有者との間で、抵当権設定契約書を作成し、法務局に届け出て、抵当権設定の登記を行う必要があります。
【抵当権の効果】
このような抵当権には、絶大な効果があります。
そのメリットは大きく2つあります。
1つ目は、抵当権を実行して不動産を取り上げる際には、事前に裁判を起こしたり、判決を取得する必要はなく、直接、不動産の差し押さえを行うことができる点です。
通常の差し押さえ、強制執行の際には、判決書や裁判所での和解書、あるいは公正証書といった公的文書が必要でした。
しかし、抵当権の場合にはそれらの書類は必要なく、抵当権の登記がされていることだけで十分なのです。
ですので、裁判を起こす手間が不要となり、必要が生じたときにすぐに差し押さえを行うことができるのです。
2つ目は、抵当権を持っている債権者は、その不動産の売却代金から優先的に支払いを受けられるということです。
通常の不動産差し押さえの場合には、不動産を競売手続きで売却し、そのなかから、抵当権や税金などの優先権のある債権者が先に代金を受け取り、残りを他の債権者で平等に分配する必要があります。
しかし、抵当権を持っている債権者はそのように優先権がありますので、他に多くの債権者がいても関係なく、売却代金を優先的に受け取ることができるのです。
以上のような2つのメリットがありますので、財産的価値のある不動産に抵当権を設定することで、債権回収の可能性は飛躍的に高まるといえます。
【抵当権の注意点】
抵当権には非常に強い効力があることを見てきましたが、実際には、これを用いて債権回収を行うことは簡単ではありません。
その理由は、①相手に資産価値のある不動産があるとは限らないことと、②通常、先に抵当権を設定している債権者がいることです。
①は、抵当権は不動産にしか設定できませんので、相手が不動産を持っていない場合には利用できません。また、仮に不動産を持っていても、田舎の山林や原野のように、売却ができないようなものであれば、抵当権を設定してもあまり意味がありません。
そして、不動産に価値があるような場合には、先に②のように別の抵当権が設定されていることが多いといえます。
抵当権は、それを先に設定した者から、優先的に支払いを受ける権利があります。
たとえば、その不動産が1000万円で売却できたとします。そのとき、1番最初の抵当権者が800万円の債権を、2番目が500万円の債権を持っていたとします。
その場合、1000万円のうち1番目の抵当権者がまず800万円受け取りますので、2番目の抵当権者は200万円しか受け取れません。仮に、そのあとに3番目、4番目の抵当権者がいたとしても、1円も受け取ることはできません。
このように、抵当権は早いもの勝ちですので、めぼしい不動産には、銀行などの金融機関が先に抵当権を設定していることが多いといえます。
とはいえ、相手がそれなりの不動産を持っていて、抵当権もほとんど設定されていないというケースもときおり見かけますので、そのような場合には、情況に応じて抵当権の設定を交渉することが有用といえます。
【抵当権実行の流れ】
実際に抵当権を持っている場合には、その不動産の差し押さえを裁判所に申請します。
必要書類は多少異なりますが、裁判所が不動産を調査し、競売手続きを実施して、売却代金を配当するという流れは、通常の不動産差し押さえの場合とほぼ同様です。
詳しくは、「不動産競売手続き① ~土地・建物を差し押さえるには」をご覧ください。
このように、抵当権は利用場面がある程度限定されますが、大きな効果を発揮しますので、利用可能な場合には抵当権の設定を検討すべきでしょう。
抵当権の設定やその実行には、いろいろな手続きが生じますので、抵当権についてお悩みの方は当弁護士事務所までご相談ください。
当弁護士事務所では、抵当権に関する事案を数多く取り扱っていますので、お力になれると思います。
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【債権回収】 不動産競売手続き① ~土地・建物を差し押さえるには
札幌の弁護士による債権回収解説コラム第13回です。
前回(債権差し押さえ ~売掛金や預金を押さえるには)は、差し押さえの種類の1つである債権差し押さえについて説明しました。
今回は、差し押さえの中でもよく知られている不動産の差し押さえがテーマです。
【不動産の差し押さえとは】
不動産というのは、土地や建物のことを指しますが、このような土地、家屋、マンションなどを取り上げて、債権回収を行うのが不動産の差し押さえです。
不動産の差し押さえは、その不動産に抵当権(担保)がついているかどうかで手続きが大きく異なります。
今回は、抵当権がない場合の手続きについてみていきます。
ところで、不動産差し押さえによってどのように債権回収するのでしょうか。
その土地や建物を債権者が自分のものにしてしまう、というイメージをお持ちの方もいるかもしれませんが、そうではありません。
基本的には、相手の土地・建物を強制的に売却してしまい、その売却代金から債権を回収することになります。
その売却のために行うのが、「不動産競売」という手続きになります。
「競売」という言葉のイメージはご存じだと思いますが、要するに、購入希望者たちが自分が希望する購入金額を申し出て、その中で一番高い金額を申し出た方が実際に購入できる、という制度です。
事前にほかの購入希望者が申し出た金額は秘匿されていますので、結果が発表されるまでは誰が購入できるのか、購入金額はいくらであるのかは誰にもわからないことになります。
不動産競売は、相手の土地・建物をそのような競売にかけてしまい、購入者が支払った代金から債権の回収を行うのです。
【不動産競売の流れ】
そのような不動産競売手続きの流れを簡単に見ていきます。次の図をご覧ください。
主な流れとしてはこのとおりです。簡単に各項目を説明します。
①債権者が競売申し立て
まず、不動産から自分の債権を回収した債権者が、裁判所に不動産競売の申し立てを行います。
この際、判決書や裁判所で作成した和解所などの公的書類が必要になるのは他の差し押さえと同様です(「強制執行・差し押さえをするには ~その効果と必要なもの」をご参照ください)。
そのほか、その不動産に関する登録事項証明書や固定資産税評価証明書、地図などが必要となります。
また、一定の手数料がかかります。
②裁判所の競売開始決定
債権者の申立書や添付書類を確認し、裁判所が問題がないと認めれば、不動産競売を開始するとの決定を行います。
この時点で、その不動産の登記には差し押さえの登記がなされ、勝手な処分・売却等が禁止されます。
③現況調査・価格評価
競売開始決定のあと、裁判所の指示で、執行官がその不動産の現在の状態や権利関係を調査したり、不動産鑑定士が不動産の評価を行ったりします。
そのようにして行われた調査の結果は、書類にまとめられ、誰でも自由に閲覧することができます。
④入札・売却手続き
裁判所の調査が終わると、その不動産の最低売却価格などが決定され、競売手続きに移ります。
競売手続きでは、入札期間(購入希望者が購入希望額を申し出る期間)などを裁判所が決定し、公告します。
購入希望者は、裁判所に期間内に金額を届け出ます。
その後、各自の届け出金額を確認する日(開札期日)に各自の申出額が確認され、もっとも高い金額を申し出た方が購入者に決定します。
⑤購入者が代金納付
購入者に決定された方は、指定の期限内に代金を納付します。なお、代金は現金一括払いとなります。
代金納付により、その不動産は購入者の所有となります。
⑥配当手続き・配当金受領
代金が納付されると、その代金の分配手続きに移ります。
配当手続きでは、その債務者に債権を有する債権者が指定の期間内に、自己の有する債権額を届け出ます。
まず、競売にかかった費用や抵当権付債権、税金などが優先的に代金を受け取ります。
そこから残った部分を、他の債権者で、債権額に応じて分配します。
そこまで手続きが進んで、債権が無事に回収できたことになります。
以上が不動産差し押さえによる債権回収の流れになります。
この手続きの要所要所で状況を確認したり、書類を提出するなどの手続きが出てきますので、慣れてない方がご自分で行うには煩雑な部分も多いかと思います。
なお、ケースによってまちまちですが、競売の申し立てから配当金を受領するまでは、1年前後は見込んでおいた方がいいでしょう。
不動産競売は、時間もかかりますし、手続きもやや複雑になっています。
それでも、不動産は比較的発見が簡単であることや、まとまった金額で売却できることもあるため、不動産競売は事案によっては非常に効果を発揮します。
ですので、取引相手の所有している不動産情報を日ごろから確認しておき、いざというときには、それに対する仮差押えや競売手続きを直ちに実行することが効果的です。
なお、不動産の差し押さえには大きな留意点があります。それは、その不動産に売却価格以上の抵当権が設定されていた場合、差し押さえは無意味になってしまうということです。
差し押さえた不動産の売却後、抵当権者などが優先的に代金を受領しますが、その時点で余りがでなければ、抵当権を持っていない他の債権者には1円の配当もありません。
ですので、不動産の差し押さえを行う際には、その不動産に抵当権が設定されているかどうか、されている場合にはどの程度の金額であるのかが非常に重要となります。
それらの情報は、その不動産の登記からおおむね把握することはできますが、やはり普段から情報収集をしておくことが重要といえるでしょう。
次回は、その抵当権がある場合の不動産差し押さえについて説明します。
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【債権回収】 債権差し押さえ ~売掛金や預金を押さえるには
札幌の弁護士による債権回収解説コラム第12回です。
前回(強制執行・差し押さえをするには ~その効果と必要なもの)は、差し押さえ全般について概要を見てきました。
今回からは、実際に差し押さえを行う際の手続きについて、差し押さえの種類ごとに見ていきたいと思います。
【債権の差し押さえとは】
差し押さえと聞くと、不動産や家財道具などを差し押さえる場面を連想する方が多いと思いますが、実務上、必ず検討するのが、「債権の差し押さえ」です。
債権というのは、売掛金や貸金などを取り立てる権利のことです。
つまり、債権の差し押さえというのは、相手方がほかの会社などに対して持っている権利を差し押さえてしまうことです。
具体的な例を見てみましょう。
あなたの会社が、赤渕建設に対して150万円の売掛金を持っていました。その赤渕建設は、秋山建設に対して200万円の売掛金を有しています。
このような場合、赤渕建設が代金を払ってこないのであれば、あなたは、赤渕建設が秋山建設に対して持っている売掛金のうち150万円を差し押さえればよいのです。
この差し押さえがなされると、秋山建設は、差し押さえられた150万円分については、赤渕建設ではなく、あなたに対して直接支払ってくることになります。
したがって、秋山建設から150万円を受け取って債権を無事に回収できるのです。これが、債権の差し押さえです。
実務上、よく用いるのは、このような売掛金のほかに、預金の差し押さえがあります。
預金は、銀行へお金を預けていることになりますので、銀行に対して、払い戻しを要求する権利があります。そのため、この預金を払い戻す権利を、債権差し押さえによって取得することができます。
この預金の差し押さえを行うことで、あなたの会社は銀行から、相手の預金の払い戻しを受けることができるのです。
【債権差し押さえに必要なもの】
こういった、売掛金や預金の差し押さえは非常に便利で、これをうまく利用することで債権の回収率が大きく向上することが期待できます。
しかし、これを行うためには、必ず入手しておかなければならないものがあります。
それは、差し押さえを行う債権の情報です。これを手に入れておかなければ、債権の差し押さえを行うことはできません。裁判所が調べてくれるということはありませんし、弁護士などが調べられる情報にも限りがあります。
普段、取引をしているあなた自身がもっとも情報を集めやすい立場にあるのです。
では、具体的にどのような情報が必要なのでしょうか。
売掛金の場合には、①誰に対する、②どのような内容の売掛金があるのか、が最低限必要になります。それに加えて、③支払時期、④売掛金の金額、がわかるとかなり有利になります。
たとえば、「秋山建設に対する工事代金で、支払日は今月末、金額は200万円」といった内容がわかると手続きが進めやすくなります。
預金の差し押さえの場合には、①どこの銀行の、②どの支店にある預金口座か、が必要です。口座番号まではなくても構いませんが、支店名までは必須となります。
何かトラブルになってからこれらの情報を入手しようとしても、相手も警戒しており難しいことも少なくありません。
そのため、普段から、取引先1つ1つについて、取引銀行や取引先の情報をよく把握しておくことが必要です。
そういった準備を日常的に行っているかどうかが、いざというときの債権回収率を大きく左右することになるでしょう。
以上が、売掛金や預金などの債権差し押さえの説明です。
取引先からの入金が滞ったとき、なにか差し押さえできそうな債権がないかを素早く考えることが重要です。
債権は、支払い時期が来ると支払われてしまいますが、そうなってしまうともう差し押さえはできません。
そのため、債権差し押さえは特に迅速に行う必要があるのです。
債権差し押さえについてお悩みの方は、当事務所にぜひご相談ください。豊富な経験にもとづいた適切なアドバイスをいたします。
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【債権回収】 強制執行・差し押さえをするには ~その効果と必要なもの
札幌の弁護士による債権回収解説コラム第11回です。
前回(裁判・訴訟による債権回収のメリット・デメリット)は、債権回収の場面で裁判を利用することのメリットとデメリットを取り上げました。
今回から、弁護士による債権回収のもっとも強力な手段である「強制執行/差し押さえ」について説明したいと思います。
強制執行や差し押さえという言葉は聞いたことがあると思います。
この強制執行、差し押さえは、債権回収の場面で非常に強力な制度です。債権回収にかかわらず、訴訟・裁判というものに重みが置かれているのは、この強制執行の制度があるからです。
今回は、その強制執行・差し押さえの概要と、それを実施するために必要なものについて説明します。
差し押さえにはいろいろな種類がありますが、それについては次回以降に取り上げます。
なお、強制執行と差し押さえは、基本的に同じ意味と考えてかまいません。このコラムでは、以後は差し押さえという言葉を使っていきます。
【差し押さえってなに?】
差し押さえとはどういう手続きをいうのでしょうか。
簡単にいえば、相手から強制的に財産を取り上げ、債権回収を行ってしまう手続き、ということになります。
具体例を見てみましょう。
あなたの会社が、100万円の売掛金を支払わない取引先に対して裁判を起こし、請求がすべて認められました。
しかし、相手は判決を無視し、支払いを行おうとしません。
あなたは、その取引先が、売れば200万円程度にはなる自動車をいつも事務所の駐車場に停めていることを知っています。
なんとかこの自動車から100万円を回収したいと考えました。どのような対応をしたらいいでしょうか。
裁判所が権利を認めたのだから、相手の事務所に押し掛け、この自動車を勝手に持っていけばいいだろう、という方もいるかもしれません。
しかし、これでは泥棒と同じです。実行すれば、窃盗犯として逮捕されてしまうでしょう。
裁判所が債権の存在を認めたとしても、このようなむりやりに金品を奪い取るような行為は違法です。債権を回収するどころか、相手から損害賠償請求をされてしまうだけです。
それではどうするかというと、自分で勝手に相手の財産を奪うのではなく、裁判所に取り上げてもらえばいいのです。
つまり、裁判所の許可を得て、裁判所の主導のもとに相手の財産を取り上げ、そこから債権を回収する。これが差し押さえという手続きです。
さきほどの例の場合は、裁判所に自動車を競売手続きにかけてもらい、他者に買い取ってもらいます。その代金の中から、100万円を優先的に受け取ればいいのです。
このように、差し押さえは、自分で勝手に行うのではなく、裁判所の許可を受けて、裁判所に手続きを進めてもらう必要があるのです。
【差し押さえに必要なものは?】
差し押さえを行えば、支払いを拒む相手からも、強制的に財産を取り上げ、支払いを受けることができます。
このように非常に強力な制度ですが、いつでも効果を発揮するわけではありません。使える場面、使うための条件があるのです。
差し押さえに必要なものは、大きく次の3つに分けられます。
- 権利を証明する公的文書(判決、和解調書、公正証書など)
- 差し押さえの対象となる財産の情報
- 裁判所の許可
順番に見ていきます。
1 権利を証明する公的文書(判決、和解調書、公正証書など)
差し押さえは非常に強力な制度です。そのため、これを利用するためには、差し押さえを行おうとする者が、間違いなくその権利を持っていることを証明する必要があります。
差し押さえをしてから、あれは間違いだった、ではすまないからですね。
ではどうやってそれを証明するかといえば、法律で、その証明書の種類が決められていますので、それを用意することになります。
代表的なものは、裁判所による判決書です。裁判の結果、裁判所が判決という形で、請求権があることを証明してくれます。その請求が認められた判決書があればよいのです。
また、同じように、裁判所で作成した和解調書・調停調書も利用できます。裁判や調停の中で、裁判所の仲介により、当事者が和解をして裁判を終わりにすることがあります。
その際に、裁判所が、和解の内容を取りまとめた和解調書・調停調書を作成します。これも判決書と同じ効力があります。
もう1つよく利用されるのが、公正証書という書類です。
これだけは裁判所を利用せずに作成できます。そのかわり、公証役場というところで、公証人という専門家の前で、当事者が合意して作成しなければなりません。
公正証書については別の機会に説明したいと思います。
これらの公的文書を利用して権利を証明することが、差し押さえの第1条件となります。
2 差し押さえの対象となる財産の情報
差し押さえは裁判所の許可を得て、裁判所の主導により行うと説明しました。
しかし、相手がどこにどのような財産を持っているかについては、裁判所は一切調査してくれません。すべて自分たちで調べるしかありません。
さきほどの例では、相手の事務所に高価な自動車があることが判明しましたので、これを差し押さえることにしました。
差し押さえを行う場合には、このように、「どこにある」「どの財産を」差し押さえてほしいのかを裁判所に説明しなければならないのです。
なんでもいいから差し押さえてほしい、では通用しません。
ですので、判決などを得て相手への債権があることが認められていたとしても、相手の財産が何も見つけられなければ、差し押さえを行うことはできないのです。
倒産しかかっている会社などを相手にする際には、そもそも財産が存在していなかったり、どこに財産があるかわからないため、差し押さえが不可能となるケースも少なくありません。
このような財産の情報は日ごろの取引の中で収集しておくことが必須といえます。
取引先がもし代金を支払わない場合、何を差し押さえたらいいかを把握していますか?見当もつかないのであれば、いざというときに一切回収できないかもしれませんよ。
どういった財産が差し押さえの対象となり、どのような情報が必要であるかは、次回から具体的に見ていきます。
3 裁判所の許可
いま見てきたような2つの条件をクリアした場合、それをもとに裁判所に差し押さえの申請を行います。
その際には、「このような判決書に基づいて」「相手の持っているこの財産をこのように差し押さえたい」という申し立てを行います。
差し押さえの申し立てには、必要な情報や添付すべき資料、手数料などを踏まえた細かい手続きが必要ですが、差し押さえの種類によって手続きや必要資料も異なりますので、専門知識のない方が自分で行うのは難しいでしょう。
また、どのような差し押さえの手続きを利用するかなどについては専門的な判断も必要になります。
【まとめ】
以上が、差し押さえという手続きと、差し押さえに必要なものの説明です。
差し押さえは債権回収の最後の手段ではありますが、そもそも債権回収を行う際には、常に差し押さえのことを念頭において手続きを進める必要があります。
たとえば、交渉の段階から、差し押さえのために必要な資料を集めておいたり、差し押さえに必要な情報を引き出しておくなどです。
そういった工夫により、最終的に差し押さえを行った場合の成功率が大きく左右されることになります。
当事務所ではさまざまな種類の差し押さえを数多く手掛けてきました。差し押さえを検討されている方は、遠慮なくご相談ください。
次回は、差し押さえの種類ごとの手続きについてみていきます。
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【債権回収】 裁判・訴訟による債権回収のメリット・デメリット
札幌の弁護士による債権回収解説コラム第10回です。
前回(少額訴訟制度が効果的な場合・無駄な場合)や前々回(支払督促制度 ~デメリットに要注意!)では、簡単で素早い裁判制度についてみてきました。
これらの制度はうまく使えば便利である反面、弱点やデメリットが多く、効果的な場面が限定的であるという点を詳しく取り上げました。
今回は、本来の裁判・訴訟を使っての債権回収について解説していきます。
裁判や訴訟という言葉を知らない方はいないでしょう。裁判の経験がない方でも、おそらく、だいたいのイメージは理解されていると思います。
債権回収に限らず、法的トラブルは最終的に、裁判へと発展することが少なくありません。
ここでは、債権回収の場面において裁判を利用する場合の、メリットとデメリットを簡単に整理していきます。
【メリット】
まずはメリットからです。
Ⅰ 相手に裁判に応じることをほぼ強制でき、トラブルを解決することができる
裁判は、法的トラブルにおいて、もっとも強力で、最終的な手段です。
裁判を提起すれば、相手には裁判所から裁判日時の連絡と呼び出し状が送られます。裁判所からの呼び出し文書というのはかなりのインパクトがあるもので、これを無視できる人は多くありません。
しかも、裁判所からの文書には、裁判を無視して何もアクションを起こさなければ一方的に敗訴してしまう、と注意書きがなされます。裁判には応じなければペナルティが与えられることがあるのです。
そのため、これまで無視したり、誠実な協議に応じてこない相手に対しても、裁判を起こすことで態度を変化させることが強く期待できます。
なお、相手が裁判に応じてこないこともときおりありますが、裁判に応じないような相手・会社は、すでにそれだけの余裕すらないということで、事実上倒産状態と考えてよいでしょう。
そういった相手からの債権回収はほぼ不可能といえ、その場合には思い当たる強制執行を試した時点で、損金処理して終了という形にせざるを得ないでしょうが、それにより一つの区切りとすることができます。
このように、らちがあかない事態を解決する最終的な手段が裁判なのです。
Ⅱ 裁判所が相手に対して支払いを命じることで、回収が強く期待できる
債権回収トラブルのなかには、相手がそれなりの理由をつけて支払いを拒むケースもあります。もちろん相手の言い分にも一理ある場合もありますが、こちらから見れば通らない理屈を盾に支払いを拒んでいるにすぎないことも少なくありません。
そのような場合には相手を説得したところで、支払いに応じることは期待できません。
この場合、訴訟を提起し、裁判所に双方の言い分を聞いたうえで、公正な判断を示してもらうことが効果的です。
裁判所は、裁判の中で、お互いにとって良い解決案を提示してくれたり、相手を説得して支払いに応じさせることもしてくれます。
また、裁判所の仲介による話し合いもまとまらないときには、裁判所が判断を示し、請求側の言い分が正当と認めた場合には、相手に判決という形で支払いを命じてくれることになります。
このように、請求側の言い分が法律的に正当である限り、裁判所が相手に対して支払いを説得したり、命じたりしてくれます。
裁判所の命令には一定の拘束力がありますので、相手が支払いに応じる可能性は高く、非常に効果的といえます。
Ⅲ 判決を取得すれば相手の財産を差し押えることができる
相手が支払いを滞納していても、相手の財産を勝手に奪ったりするわけにはいきません。それでは犯罪になってしまいます。
このような場合、裁判所の協力を得て、裁判所に相手の財産を差し押さえてもらうしかありません。
そのような差し押さえ、強制執行を行うためには、通常、裁判所の判決書が必要となります。
そのため、相手にめぼしい財産があるときには、裁判を起こして判決を得ることで、その財産を差し押さえることができます。
相手方としても、差し押さえは避けたいと考えますので、自分から支払いに応じてくる可能性が高いといえるのです。
差押えの危険があるということが相手に対する強制力として働きますので、裁判を無視することはできないのです。
【デメリット】
次に、デメリットを見ていきます。
Ⅰ 裁判は時間と労力がかかる
裁判には、どうしても時間がかかってしまいます。裁判を起こしてから第1回目の裁判日まで約1ケ月はかかりますし、その後も、毎月1回程度のペースでゆっくり進んでいきます。
そのため、裁判を4,5回も行えば、すぐに半年が経過してしまいます。そんなにのんびり解決を待てない、という方も少なくないでしょう。
また、裁判には書類を作ったり、裁判所に出席したりという労力が必要です。慣れない方には、相当な負担が大きいといえます。
もっとも、相手が責任を認めているような場合には、裁判は1,2回で解決することも少なくありませんし、裁判を起こしただけで相手が支払いに応じてくる、というケースもあります。
また、弁護士に裁判の依頼をすれば、書類作成の大半は弁護士が行いますし、裁判への出席も基本的に必要ありません。
そのため、弁護士に依頼することも含め、事案ごとにどの程度のデメリットがあるかを検討する必要があるでしょう。
Ⅱ 裁判には費用がかかる
裁判を起こすには莫大な費用がかかる、ということがよく言われます。確かに、一定の費用がかかるのは事実であり、裁判を行っても回収がまったくできなければ、その費用がさらに無駄となってしまいます。
そのため、この点も裁判のデメリットといえます。
しかし、誤解が非常に多いところですが、裁判を起こすことに対する費用はそれほどでもありません。裁判を起こすときには、収入印紙を手数料として納める必要がありますが、その金額は相当低額となっており、100万円を請求する裁判で1万円の手数料、500万円の請求で3万円、1000万円の請求でも5万円の手数料がかかるだけです。
そのほか、切手代も必要ですが、普通は1万円もかかりません。
ですので、裁判を起こすための費用は、実はそれほどでもないのです。
では、なぜ裁判にはお金がかかると思われているかといえば、弁護士に依頼する費用がかかるため、そう言われるのだと思います。
確かに弁護士の報酬は決して安くはなく、仮に裁判で勝訴し、債権を回収できたとしても、弁護士費用は相手から回収することは認められていませんので、ある程度の費用が生じてしまいます。
もっとも、仮に債権の回収がまったくできなければ着手金程度しかかかりませんし、うまく回収できれば成功報酬を差し引いても十分な利益が得られることになります。
事案によっては、弁護士に依頼せずに裁判を起こすことも可能で、その場合にはほとんど費用がかからないといえますが、費用をかけてでも弁護士に依頼すべきケースもありますので、慎重にご検討いただく必要があります。
弁護士に依頼すべきかどうかは、「債権回収を弁護士に依頼するメリット・デメリット」もご覧いただければと思います。
債権回収で裁判を利用することの主なメリット、デメリットをご理解いただけたでしょうか。
このような点を検討していただき、裁判を選択するかどうかを決定することになります。
ただ、相手との協議がととのわない場合には、最終的には、請求をあきらめるか、裁判を起こすかしかなく、どうしてもその決断を迫られる時期が来ます。
裁判を起こすべきかお悩みの方や、裁判を起こすと決めたが手続きが不安であるという方は、ご相談のみでも結構ですので、お気軽にご相談ください。
ご相談は、お問い合わせのページをご覧のうえ、ご予約をお願いいたします。
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【債権回収】 少額訴訟制度が効果的な場合・無駄な場合
札幌の弁護士による債権回収解説コラム第9回です。
前回(支払督促制度 ~デメリットに要注意!)は、支払督促制度について取り上げ、その中で、支払督促はデメリットが多く、普通の事業者や会社にとっては、あまり役に立たないことを見てきました。
今回は、支払督促と同様、早く簡単な裁判制度である少額訴訟制度を解説します。
前回も触れましたが、債権回収に関する本やサイトでは、支払督促と少額訴訟は、普通の裁判よりも簡単で素早く解決でき、大変有効であるように説明されていることが多いですね。
しかし、支払督促は前回述べたとおり、あまり役立つ制度ではありません。
では、少額訴訟はどうかというと、支払督促よりは有効な場面もあり、効果的に利用できる可能性はありますが、それでも利用できる場面は限られており、本やサイトで言われるほど便利なものではありません。
では、どういった場合に効果的で、どういった場合に無駄となるのでしょうか。
まず、少額訴訟制度とはどういった制度でしょうか。
普通の裁判と異なる特徴を挙げると理解しやすいと思います。主な特徴は、以下の3点です。
Ⅰ 60万円以下の金銭を請求する場合にしか利用できない
簡単な制度であるかわりに、利用できる金額に制限があります。1度に60万円までしか請求できませんが、たとえば50万円の契約が2つある場合などに、2つに分けて少額訴訟を利用することは可能です。事業者や企業で、裁判を起こすほどの問題であれば、請求額が60万円を超えていることも多く、この制限にひっかかる場合は相当多いでしょう。
Ⅱ 基本的に1度の裁判で解決でき、素早い解決ができる
少額訴訟制度のもっとも重要な特徴です。基本的に、1回の裁判で審理を終え、和解や判決により事件を解決することが予定されています。そのため、第1回目の裁判が終わるまでに必要な資料や証人などをすべて用意する必要があります。
Ⅲ 相手が少額訴訟制度の利用に反対した場合は利用できない
少額訴訟制度によって裁判を起こしても、相手が普通の裁判を希望すれば、必ず普通の裁判になってしまいます。ですので、相手が反対すれば少額訴訟は利用できません。これがこの制度の一番の問題点です。
このように、少額訴訟制度は、60万円以内の金銭請求に限り、相手が反対しなければ、原則1回の裁判でスピーディに解決を図る、という制度になります。
この制度は、特徴やデメリットを押さえたうえで利用すれば、非常に便利な制度といえるでしょう。
では、この制度はどういった場合に効果的に利用できるでしょうか。
それは、お互いが、弁護士を利用せずに裁判を行う場合にもっとも有効といえます。
利用できる金額が60万円以下ですので、基本的には、弁護士に依頼すると費用倒れになる事件が多いでしょう。ですので、利用する側は、弁護士に依頼せず、本人で裁判を起こすことが多いといえます。
また、ある程度資料がそろっており、必要な証人も簡単に集められる事件でなければなりません。
少額訴訟は第1回の裁判でほぼ終了しますので、複雑な事件や、関係者が多すぎる事件では利用できません。
また、第1回目の裁判までに証拠はすべて提出し、必要な証人を裁判のときに連れてくることも必要ですので、そういった準備が難しい事件では利用はしづらいといえます。
お互いが弁護士を利用しない場合、おそらく1回の裁判で早く決着をつけたいと考えるでしょうから、少額訴訟制度に反対する可能性も低いといえます。
ですので、こういったケースでは、少額訴訟が利用でき、それによって早期に解決できるでしょう。
それでは、反対に、少額訴訟制度が利用できない場合、利用しても無駄な場合はどういった場合でしょうか。
先ほどの裏返しで、相手が弁護士を立てるような事案では、まず少額訴訟の利用に異議が述べられるといっていいと思います。
実は、弁護士は一般的に少額訴訟による裁判を望みません。
少額訴訟は、簡易・迅速に解決するかわりに、正確性や慎重さを犠牲にしているといえます。一度の裁判で利用できる証拠のみで判断をしますし、普通の裁判では認められる判決に対する控訴も禁止されています。そのため、適正な解決を求める弁護士は抵抗を感じることもあります。
また、少額訴訟では第1回目の裁判までにすべての準備を行う必要がありますが、弁護士は事件の依頼を受けてから証拠を集めたり、事情を聴いて事件の内容を知りますので、第1回目までにすべての準備を行うのは困難といえます。
事件を直接体験した本人であれば、事前に準備はほとんどいらないかもしれませんが、事件を体験していない弁護士の方が準備に時間がかかるといえるでしょう(そのかわり、効果的な準備を行うのですが)。
ですので、相手が弁護士に依頼することが予想されるような場合は、少額訴訟制度を利用すると無駄に終わる可能性が高いといえます。
少額訴訟は、通常、1回の裁判で審理を行うために、当日までにすべての準備をするよう指示されるほか、裁判も2時間ほどの時間を確保しておく必要があります。
しかし、少額訴訟に異議が出て通常の裁判に移ると、第1回目の裁判は、5分や10分程度で終わります。
せっかくその日に証人などを連れてきても、通常の裁判では最初の裁判で尋問をやることはまずありませんので、その日に尋問は実施されません。
結局、その日のための準備が無駄になってしまうのです。
そういった事情を知らず、少額訴訟に異議が出たことに対し、準備が無駄になったと不満を言う方もいますが、そもそもそういう制度になっていますので、制度に対する理解が足りなかったということだと思います。
ちなみに、60万円以下でも弁護士がつく事件の代表は、交通事故です。
交通事故の場合、相手が任意保険に入っているのであれば、少額訴訟の利用はまったく無駄に終わるでしょう。
訴訟を起こすと、保険会社が弁護士を立てて対応しますので、少額訴訟に対してはすぐに異議が出てきます。
また、交通事故の場合は、お互いに損害が出ていることが普通ですので、相手からも相手の損害について裁判が起こされるケースが多いといえます。
少額訴訟制度では、相手から裁判を起こし返すことが認められていませんので、異議を出して通常の裁判にしてから裁判を起こし返してきます。
弁護士を依頼せず、交通事故賠償の裁判を起こす方はそれなりにおり、少額訴訟制度を利用する方も少なくありませんが、いま述べたような理由で、ほとんどの事件で少額訴訟に異議が出されていると思います。
ですので、交通事故の賠償問題では少額訴訟はあまり役に立たないということになります。
結局、少額訴訟は、60万円以下の請求で、弁護士を依頼せずにとにかく早く解決したい、という場合には便利といえます。
ただし、相手が弁護士を立ててくるような場合や交通事故事件では、あまり意味はないでしょう。
ちなみに、少額訴訟は、1人の人や1つの会社が起こせる回数に制限があり、1年間に10回までしか利用できません。
普通はこの回数を超えることはないでしょうが、一応注意が必要です。
このような制度の特徴やデメリットを押さえたうえで、利用を検討する必要がありますね。
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【債権回収】 支払督促制度 ~デメリットに要注意!
札幌の弁護士による債権回収解説コラム第8回です。
前回(仮差押えのメリットとデメリット)まで、仮差押えなどの民事保全制度を見てきました。
今回からは、債権回収の正攻法である裁判による債権回収について解説します。
さて、皆さんは支払督促という制度をご存じでしょうか。
債権回収の本やサイトには、この支払督促という制度や少額訴訟という制度がよく取り上げられています。
普通の裁判よりもずっと簡単で素早く解決できる制度であり、非常に便利である、という形で好意的に取り上げられていることが多いと思います。
そのため、そのような情報をもとに支払督促や少額訴訟を利用して裁判を起こす、という方も多いようです。確かに簡単な手続きですので、弁護士に依頼せずにこれらを利用する方もめずらしくありません。
しかし、支払督促も、少額訴訟も、それが有効である場面は非常に限られています。特に、支払督促にはデメリットが多く、率直にいって、普通の事業者や会社にとってはほとんど役に立ちません。
事実、弁護士が債権回収を行う際に、支払督促や少額訴訟を使うことはほとんどありません。
なぜなら、支払督促も少額訴訟も効果が薄く、時間や労力を無駄にすることが多いからです。最初から普通の裁判を行った方が、ずっと効率が良いのです。
そこで、今回は支払督促について、次回は少額訴訟について、その実態を説明します。
支払督促というのは、非常に簡単で便利な制度であると言われます。
この制度は、裁判所に支払督促の申し立てを行うと、裁判所が簡単な書類審査だけで、相手に対して支払いの命令を出してくれるのです。
普通の裁判と違い、証拠を提出する必要もありませんし、裁判を開いたり、裁判に出席する必要もありません。
郵送で提出することもできるため、裁判所に行く必要すらなく、書式に沿って申立書を作成するだけで裁判所の命令が得られるのです。
しかも、裁判所に納付する収入印紙も、普通の裁判の約半分で良いことになっています。
簡単な手続きで、早く、安く支払い命令が得られる。それを使えば強制執行を行うこともできる。これが支払督促のメリットです。
しかし、実際にはこの制度はあまり役に立ちません。それどころか、かえって無駄が大きくなることが通常です。
なぜなら、以下のような大きなデメリットがあるからです。
Ⅰ 相手から異議を出されると支払督促は無効となってしまう
支払督促は、簡単な手続きで支払い命令を出してくれます。しかし、あまりに簡単な手続きすぎて、証拠も確認せず、相手の意見も聞きません。
そのため、支払督促を受けた相手方は、支払督促を受けてから2週間以内に、裁判所に「異議」を出すだけで、支払督促を無効とすることができます。
この「異議」には理由も何もいらず、ただ、「異議がある」と回答するだけで支払督促は無効になってしまいます。
しかも、裁判所は、支払督促を送付する際に、異議の出し方や書式などを説明する文書を同封します。支払督促を受け取った相手は、特に何も反論することがなくても、ただ異議を出すだけで支払督促を無効にして、時間を稼ぐことができます。
そのため、支払督促には異議を出すのがむしろ通常といってもいいかもしれません。
Ⅱ 異議が出されると普通の裁判に移行してしまう
支払督促に異議が出されると支払督促がただ無効となるだけではありません。そのまま、自動的に普通の裁判に移ってしまいます。
そうすると、せっかく簡単な手続きであると思って支払督促をしたのに、普通の裁判と同じように、証拠をしっかりと整理して提出し、足りない収入印紙を追加で支払い、裁判を開く日時に出席して、判決が出るまで裁判を続けていかなければなりません。
これを行わなければ、裁判が却下されたり、請求が認められなくなります。しかも、裁判は嫌だからと取りやめたとしても、すでに納付した収入印紙や使った切手代は戻ってきません。
さきほど、支払督促には異議が出されるのが通常ともいえる、と指摘しましたが、異議が出るとこのように普通の裁判となってしまいますので、それなら最初から普通の裁判を起こした方が書類の提出や印紙の納付が一度で済んで効率的ではないでしょうか。
Ⅲ 支払督促では、かえって時間や費用を無駄にしてしまう
さきほどの点とも関連しますが、支払督促に異議が出ると普通の裁判に移行してしまいますが、実は、最初から普通の裁判を起こすよりもかえって不利になってしまう点があるのです。
支払督促を起こした場合、相手は2週間以内に異議を出せばよいですが、異議が出た時点で普通の裁判に移行します。それから裁判を始めることになりますので、実は、最初から普通の裁判を起こした場合よりも、裁判が開かれるまでの時間が長くなってしまいます。つまり、素早く解決しようと支払督促を利用したのに、最初から普通に裁判を起こした方が解決が早かったということになってしまうのです。
そして、もっと重大な問題があります。それは、支払督促後の裁判は、必ず相手の住所近くの裁判所で開かれるという点です。
実は、普通の裁判を起こす際には、通常、裁判を起こす原告の住所に近い裁判所で裁判を起こすことが認められています。しかし、支払督促に異議が出された場合の裁判では、相手の住所近くの裁判所で裁判を行うことになってしまうのです。
たとえば、こちらが札幌市、相手が釧路市に会社があるとします。こちらから普通の裁判を起こす場合、札幌簡易裁判所に起こすことができます。しかし、支払督促を申し立て、異議が出された場合には、相手の住所である釧路簡易裁判所で裁判が開かれますので、裁判のたびに、釧路まで出向く必要があるのです。
これでは、時間、労力、交通費などの負担がどれほど大きくなるかわかりません。
支払督促には、このような大きなデメリットがありますので、弁護士がこれを利用することはほとんどありません。
確かに、相手が異議を出さなければ簡単に支払命令が得られます。ですので、相手が異議を出さない見込みがあるのであれば、支払督促を利用すれば便利といえます。
しかし、事前に相手との交渉が難航している場合には、異議を出してくるのが当然です。また、相手に何も文句がなくても、時間を稼ぐためだけに異議を出す場合もあります。異議を出すには、ただ「異議がある」という書面を提出すればよく、手数料も何もいりませんから、普通は異議を出さない理由がないでしょう。
ですので、支払督促を起こす場合には、異議が出された場合を常に念頭においておき、前述したⅠⅡⅢのデメリットを考慮して、本当に支払督促を起こすべきか、普通の裁判を起こすべきでないか、を慎重に考える必要があるのです。
ちなみに、それではなぜ支払督促という制度が存在し、実際に利用されているのでしょうか。
実は、支払督促の多くは、信販会社や消費者金融、電話会社など、非常に多くの顧客に対して滞納金を請求する業者によって利用されています。
これらの会社は、毎月膨大な数の訴訟手続きを起こします。数も多いため、中には、支払督促に異議も出さない人も一定数含まれます。ですので、支払督促を利用すれば、そういった裁判を無視する人に対しては低いコストで支払い命令を得ることができるのです。
もし異議が出されても、これらの業者ではどの顧客に対する裁判もほぼ定型的なものですし、手続きにも慣れていますので、たいした労力もかかりません。
こうした日常的に定型的な裁判を起こす会社にとっては支払督促は便利といえるでしょう。
しかし、普通の会社や個人にとっては、前述したようなデメリットの方が大きいのではないでしょうか。
以上が支払督促の説明です。
冒頭にも取り上げましたが、債権回収の本やサイトでは、支払督促が便利な制度であると紹介されていることが多いようですが、それは実態を知らない意見だと思います。
実際には、支払督促にはデメリットが多く、あまり役に立つことはありません。
利用される場合には、必ず、相手が異議を出した場合にどう対応するのか、ということまで考えて行う必要があります。異議が出されても構わない、という場合に限って、便利に利用できる制度ということです。
次回は、少額訴訟制度について詳しく見ていきます。
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【債権回収】 仮差押えのメリットとデメリット
札幌の弁護士による債権回収解説コラム第7回です。
前々回(仮差押え・仮処分 ~緊急に相手の財産を凍結する方法)では仮差押え・仮処分の概要とメリットを、
前回(仮差押えの手続きの流れ/仮差押えに必要なもの)では、債権回収時の強力な手段である仮差押えの流れや手続きを、説明してきました。
ただ、仮差押えは少し難しく、理解しづらい面もありますので、今回はそれらのまとめとして、仮差押えのメリットとデメリットを簡単に整理しておきます。
【メリット】
Ⅰ 素早く実行することができ、緊急時に効果を発揮できる
これが仮差押えの本来の効果です。裁判を起こして判決を得るまでには、数カ月程度はかかってしまいます。
しかし、その間に相手の財産がほかの支払いにあてられてしまったり、隠されてしまう危険があります。
それを防ぐために、緊急に相手の財産を凍結し、あとから回収できるように確保しておくことができるのです。
スムーズに進めば1週間程度で実行できますので、緊急事態に絶大な効果を発揮します。
Ⅱ 相手への大きなインパクトを与えることができる
仮差押えは、裁判所の命令によって、相手の財産を強制的に凍結する手続きです。
これまで請求を無視したり、あれこれ理由をつけて支払いを拒んでいた相手は、裁判所の仮差押えを受けたことにより大きな危機感を覚えます。
しかも、相手の財産が実際に凍結されるわけですから、資金繰りなどに対する打撃も大きいものとなります。
そのため、通常の請求や内容証明郵便などに比べても、圧倒的なインパクトを与えることができます。
Ⅲ 相手と有利に交渉でき、回収率を高めることができる
さきほどのⅡとも関連しますが、仮差押えによって、相手への大きなインパクトを与えることができます。
これを受けた相手は、仮差押えによる凍結を解いてもらうために、請求者と必死に交渉しなければならなくなるでしょう。
そのため、相手は仮差押えを取り下げてもらうために、これまでよりもこちらに有利な条件を提示してくることになります。
仮差押えを行った事例では、それを実施した直後に、相手からすぐにまとまった金額を支払うとか、担保を提供するという申し出がなされることも少なくありません。
それに応じて代金の大半を支払ってもらったり、確実な担保を受けることで、早期に債権を回収できる可能性が高まるのです。
【デメリット】
Ⅰ 専門的な知識と経験が必要であり、手続きが難しい
仮差押えは、通常の裁判と比べて手続きが複雑です。書類審査により迅速に判断がなされる、という特性があり、口頭での説明や証人による証明ということは基本的にできません。
必要な資料を素早く用意し、申立書を作成して、請求の法的根拠やそれを証明する証拠を過不足なく説明する必要があります。
必要資料や裁判所が求める情報を把握するには豊富な経験が必要となり、この分野を得意とする弁護士に依頼しなければ、スムーズな仮差押えは難しいといえます。
Ⅱ 保証金を用意する必要がある
仮差押えは、臨時の手続きであるため、あとからその手続きが間違いであったと判明したときに備えて、保証金を法務局に預ける(供託する)必要があります。
保証金の金額は、請求額の2,3割となる事例が多いですが、それを現金で用意し、手続きが終わるまで預けておかなければなりません。
ですので、資金繰りが逼迫しており、保証金が用意できないという場合には利用できないこともあります。
Ⅲ 回収前に相手が倒産してしまうと効果が失われる
仮差押えの最大の問題点が、実際に債権回収する前に相手が破産してしまうと、仮差押えが無効となってしまう点です。
仮差押えは、相手の財産を一時的に凍結するのみで、その時点ではこちらが現金を回収できるわけではありません。
仮差押え後に、相手と交渉して実際に支払いを受けるか、正式裁判を起こして判決を得て、判決に基づいて強制執行を改めて行わなければ現実に回収することはできません。
しかし、仮差押え実施後、実際に支払いを受ける前に、相手が破産や民事再生などの法的整理をしてしまうと、仮差押えが無効となる結果、回収ができなくなってしまうのです。
ですので、仮差押えを行う場合には、相手が破産や民事再生に陥る前に、現実に支払いを受けることを最優先に考える必要があり、それを常に念頭において相手との交渉を行う必要があります。
以上が仮差押えのメリット、デメリットの整理です。
デメリットで指摘したような問題点もありますが、それを差し引いても、仮差押えによって得られる効果は絶大です。
仮差押えを適切に利用することで、これまで回収できなかった債権をうまく回収できたケースを何度も経験してきました。
債権の回収率アップには欠かすことのできない制度といえるでしょう。
当事務所では仮差押えを利用した債権回収を得意としていますので、債権回収でお悩みの方は、ぜひご相談ください。
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【債権回収】 仮差押えの手続きの流れ/仮差押えに必要なもの
札幌の弁護士による債権回収解説コラム第6回です。
前回(仮差押え・仮処分 ~緊急に相手の財産を凍結する方法)は、仮差押えや仮処分といった民事保全制度について概要を説明しました。
裁判を起こしている余裕のない場合に、臨時に相手の財産を一時凍結し、その間に裁判や強制執行を行っていくというのが仮差押えという制度の意義でした。
今回は、その仮差押え制度を行う具体的な流を取り上げます。
前回と同様、簡単な具体例を挙げます。
依頼者がX社、取引先の相手がY社とします。X社は、Y社に500万円の売掛金を請求していますが、Y社は支払いにまったく応じてくれません。そこで、X社はY社に裁判を起こし、裁判所の判決をもらって、Y社の財産を差し押さえようとしています。
Y社は、Z社から2週間後に商品の販売代金として700万円の支払いを受けることになっています。X社は、これを差し押さえたいと考えていますが、裁判をやっていては、2週間後の支払日にはとても間に合いません。
そこで、このZ社からY社への支払いを凍結させ、Y社の手元に入らないようにして時間を稼ぎ、その間に判決を得て正式な差し押さえを行うことにしました。
この、Z社からの支払いを凍結するのが、前回説明した仮差押えという制度です。
では、実際に仮差押えを行う流れを見ていきます。
仮差押えを行うために最終的に必要になるのは、①裁判所の許可と、②保証金の2つです。
仮差押えを行うには、裁判所に許可をもらい、仮差押えの決定書を受け取る必要があります。
そして、裁判所の許可を得て、仮差押えを実際に行うためには、裁判所が命じる保証金を法務局に預ける(供託する)必要があります。
さきに②保証金の供託を説明します。
通常、正式な裁判を起こし、判決を得たあとに強制執行をする際には、このような保証金は不要です。これは、裁判所の判断が正式に出されており、判決には強い効力があるからです。
しかし、仮差押えの決定書にはそこまでの効力はありません。あくまで臨時に、緊急に審査を行って判断した結果であり、「仮」の差し押さえでしかないからです。そのため、あとから正式な裁判を行った結果、仮差押えを認めた判断は間違いであった、という事態も起こるのです。
そのように、仮差押えがあとから間違いと判断された場合には、債務者であるY社は間違った仮差押えのせいで大きな損害を受けてしまうことになります。そういった場合に備えて、Y社への賠償を確実に行わせるために裁判所は保証金の供託を命じているのです。
ですので、仮差押えがあとから無効とされた場合には、その保証金から相手への賠償を行わなければならないこともあるのです(保証金で足りない場合には、それ以上の賠償も必要です)。
もっとも、実際には仮差し押さえの審査も厳密に行われており、あとからそれが間違いであったと判断されるケースは多くありませんし、経験上、実際に相手へ賠償するケースはほとんど見かけません。
この保証金の金額は、仮差押えの種類や証拠の充実度によって違いますが、仮差押えで凍結する財産額の2,3割程度になることが多いでしょう。
さきほどの500万円を請求する場合の例では、100万円から150万円程度が一応の目安です。
この保証金は、あくまで預けるだけですので、あとから仮差し押さえが無効とならない限り、手続き終了後に全額返還されます。ただし、返還までには数カ月程度かかることもありますので注意が必要です(複雑な事案などでは1年以上かかることもありますが、例外的です)。
このように、仮差押えを行う際には保証金の準備が必要となります。
次に、①裁判所の許可を得る方法です。
仮差し押さえは緊急に相手の財産を一時凍結する制度ですので、本来の裁判に比べると、圧倒的に素早く判断がされます。早ければ、申し立てをした翌日に裁判所の許可が出ることもあるほどです。
そのかわり、そのような素早い判断でも裁判所を説得できるだけの資料が必要になってきます。
仮差押えの判断は、基本的には書面審査のみです。必要な証拠書類がそろっていればスムーズに許可を得ることもできますが、基本的な資料が存在しない場合には、仮差押えは非常に困難です。
たとえば、商品を販売し、その代金を回収したいという場合には、①売買契約書、②納品書(受領書)、③請求書といったものが基本的な資料になります。
このような資料が一切なく、いつ商品を納めたか、いくら支払う約束になっていたのか、などを証明する書類がまったく存在しない場合には、そのままでは裁判所を説得するのはほぼ不可能です。
このような場合、たとえば、相手先に出向いて、確認書や支払確約書などを作成してもらい、代金支払義務を認める書類を作成するなどの工夫が必要になってきます。
そういった工夫でなんとか解決できる場合も多く、早めに相談していただければ、準備を行う時間も確保できることもあります。
しかし、ギリギリの時期に相談にいらっしゃった場合や、そもそも相手と代金額をはっきり取り決めていないような場合などには、仮差押えの実施が不可能となってしまう場合もあります。
仮差押えを行う際には、そういった基本的資料の確認がもっとも重要といえるでしょう。
もっとも、資料さえあればいいというわけではありません。
裁判所を説得し、仮差押えを認めてもらうためには、「申立書」を作成する必要があります。
その申立書では、①どのような法律的根拠に基づいて相手への請求権を持っているのか、②どの証拠からその請求権があることを証明できるのか、③相手方との交渉経過や仮差押えを認めるだけの必要性はどのようなものか、といった点を過不足なく整理しなければなりません。
通常の裁判であれば、口頭で説明を補足したり、あとから資料を提出したりもできますが、仮差押えの場合には、口頭での補足ではなく書面ですべてを説明する必要がありますし、資料の追加などをやっていては間に合わないケースもあります。
そのため、仮差押えや仮処分の申し立ては、弁護士に依頼せずに行うのは極めて困難といえます。
その申立書と証拠となる資料を裁判所に提出し、書類審査の結果、裁判所が申立書の言い分を認めてくれると、仮差押えの許可を得ることができます。あとは前述した保証金を法務局に供託すれば、仮差押えが実行され、財産凍結が行われるのです。
そして、その仮差押えが成功したのを確認したのちに、相手方と改めて交渉を行うか、正式な裁判を起こして相手の財産を実際に回収してくのです。
以上が仮差押えの流れです。
当事務所では、数多くの仮差押え・仮処分を行い、認められてきた経験がありますので、どういった資料が必要か、どういった説明があれば裁判所が認めてくれるのかを熟知しています。
そのため、ご相談を受けた時点で、仮差押えが可能であるかどうか、どういった資料が必要かなどをすぐに判断することができます。
実際の申立書の作成も、必要資料さえそろっていれば数日で行うことも少なくありません。
こういった素早く正確な対応をできる弁護士事務所は決して多くないでしょう。この分野を数多く手掛けてきた当事務所ならではといえるかもしれません。
債権回収、特に仮差押えは時間との戦いです。
お悩みの方は、すぐにご相談ください。相談のご予約は、こちらのお問い合わせのページをご覧のうえ、お願いいたします。
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【債権回収】 仮差押え・仮処分 ~緊急に相手の財産を凍結する方法
札幌の弁護士による債権回収解説コラム第5回です。
前回(内容証明郵便の送り方・具体例)まで、もっとも基本的な債権回収の手段である内容証明郵便について取り上げました。
今回は、債権回収法の中でもきわめて強力な威力を発揮する仮差押え・仮処分について解説します。
X社に、まったく代金を払ってくれない取引先Y社があるとします。いつもお金に余裕がない、というだけで、支払われるめどが立っていません。
そんな中、相手方が大手取引先Z社から、月末にまとまった金額の入金を受けることが判明しました。
相手の財産として確実なものはこれしかありません。相手は、その中から支払いを行うといっていますが、これまでの対応からは信用できません。
そのため、相手がこのお金を手にしてしまうと、もう回収がほぼ絶望的になってしまいます。この緊急事態、どう解決したらいいでしょうか。
支払いに応じない相手から強制的にでも債権を回収するには、相手に訴訟を起こし、裁判所からの支払い命令である判決を得ます。
その判決にもとづいて、相手の財産に差し押さえなどの強制執行を行い、そこから債権を回収します。
これが正攻法となりますが、裁判を起こしてから判決を得て、強制執行を実施するまでには、どんなに早くても数カ月がかかります。
相手がそれなりの反論を行って来れば、半年以上かかってしまうかもしれません。
さきほどの事例のような場合、相手が月末の入金を受け取ってしまえば、その後、回収の見込みはありません。しかし、裁判をやっていては月末に間に合うはずもありません。
かといって、相手がもらうはずのお金を実力行使で奪い取っていくこともできません。それをすれば犯罪になりかねないでしょう。
このような緊急事態、つまりのんびり裁判をやっていては手遅れになってしまう、という場合のための制度が用意されているのです。
それが、民事保全という制度です。一般的には、仮差押えや仮処分、という言い方をすることが多いでしょう。
この民事保全が、さきほどのような事例ではきわめて効果的なのです。
では、民事保全、ここでは仮差押えを取り上げますが、この仮差押えを利用すれば、どのような効果が得られるのでしょうか。
さきほどの事例では、相手方Y社が大手取引先Z社から受け取る予定の売掛金を、仮差押えしてしまいます。
売掛金を仮差押えするとどうなるかというと、Z社は、Y社に対して、売掛金を支払うことが禁止されてしまいます。
Z者は、その売掛金を支払わずに手元にお金を残したままにしておくか、法務局に供託するという対応をするしかないのです。
このような、「当面の間、相手に対して売掛金を支払うのを禁止します」という命令を裁判所から出してもらう制度が、仮差押えというものです。
そして、仮差押えによって支払いを止めさせている間に、X社はY社に対して訴訟を提起し、判決を取得すればいいのです。何か月かかっても、場合によっては1年以上かかっても、その間、売掛金の支払いは止まったままとなります。
ですので、ゆっくり判決を取得して、正式な強制執行を行うことができるのです。
仮差押えの手続きは、裁判所の許可を得て行います。裁判所が仮差押えを認めた場合、その大手取引先Z社(法律的には「第三債務者」と呼びます。自社と相手方とは違う、第三者という意味です)に対して、裁判所から次のような命令書が届きます。
債権者の債務者に対する上記請求債権の執行を保全するため,債務者の第三債務者に対する別紙仮差押債権目録記載の債権は,仮に差し押さえる。
第三債務者は,債務者に対し,仮差押えに係る債務の支払をしてはならない。
これだけでは意味がわからないと思いますが、ポイントは、一番最後にある、「仮差押えに係る債務の支払いをしてはならない」という部分です。
このような命令が第三債務者(Z社)に送られ、Z社はこれに強制されます。
もし、この裁判所の命令を無視して代金を支払った場合、なんとその支払いは無効と判断されます。つまり、支払ってないことにされてしまうのです。
この場合、Z社がY社に代金を払ってしまっても、それはなかったことにして、X社に対してもう一度払うように請求できてしまうのです。結局、Z社は、X社とY社に二重払いしなければならないのです。
そのため、仮差押えを受けた第三債務者は絶対にこの命令に従わなければなりません。
このように、裁判を起こしていては、相手の財産がなくなってしまう、後から判決を取得しても意味がなくなってしまう、という場合に、緊急手段としてその財産を凍結し、そのまま残しておくというのが仮差押えという制度なのです。
そして、本来、仮差押えをして凍結した財産を回収するには、その後に裁判を起こして判決を得る必要があります。
しかし、実際には、もっと簡単に解決してしまうことも多いのです。
なぜかといえば、仮差押えは、相手方にとって致命的な打撃を与えるからです。相手は、あてにしている売掛金が、突然、凍結されてしまいます。もともと支払いを滞納し、資金繰りに困っている相手方ですから、それが突然入ってこないことになれば、仕入れ代金や従業員の給料などの運転資金も不足してしまう危険が大きいでしょう。
そうすると、相手方としては売掛金が凍結されたまま放置しておくことはできません。一刻も早く、凍結を解いてもらいたいと思うでしょう。
そのため、ここで相手方との間で、きわめて有利な交渉を行うことができるのです。
具体的には、凍結を解く代わりに、そこから滞納代金の大半を支払ってもらう、という交渉を行うことができます。
本来、仮差押えを行う側(X社)としても、凍結した財産を回収するには裁判を起こし、判決をとる手間と時間がかかってきます。
しかし、相手が話し合いに応じて支払ってくれるのであれば、そのような手間は不要になります。
ですので、凍結した財産をお互い分配することにして、仮差押えを解除する、という協議が成立しやすいのです。
この方法がスムーズにいくと、仮差押えを行ったあと、数日で代金の大半を回収することも不可能ではありません。
依頼を受けてから最速で対応すれば、準備が整えば、仮差押えを数日で行うこともできます。
そうすると、依頼を受けてから1,2週間で代金の回収ができる、ということすらあるのです。
これが仮差押え、民事保全という制度です。
民事保全が非常に強力な制度であることをご理解いただけたのではないでしょうか。
もっとも、この民事保全は簡単に利用できるものではありません。裁判所の許可をスムーズに得るには相当の知識と経験が必要ですし、民事保全には利用の障害になるデメリットもあるのです。
そのあたりについては、次回以降に説明したいと思います。
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