【債権回収】 仮差押え・仮処分 ~緊急に相手の財産を凍結する方法
札幌の弁護士による債権回収解説コラム第5回です。
前回(内容証明郵便の送り方・具体例)まで、もっとも基本的な債権回収の手段である内容証明郵便について取り上げました。
今回は、債権回収法の中でもきわめて強力な威力を発揮する仮差押え・仮処分について解説します。
X社に、まったく代金を払ってくれない取引先Y社があるとします。いつもお金に余裕がない、というだけで、支払われるめどが立っていません。
そんな中、相手方が大手取引先Z社から、月末にまとまった金額の入金を受けることが判明しました。
相手の財産として確実なものはこれしかありません。相手は、その中から支払いを行うといっていますが、これまでの対応からは信用できません。
そのため、相手がこのお金を手にしてしまうと、もう回収がほぼ絶望的になってしまいます。この緊急事態、どう解決したらいいでしょうか。
支払いに応じない相手から強制的にでも債権を回収するには、相手に訴訟を起こし、裁判所からの支払い命令である判決を得ます。
その判決にもとづいて、相手の財産に差し押さえなどの強制執行を行い、そこから債権を回収します。
これが正攻法となりますが、裁判を起こしてから判決を得て、強制執行を実施するまでには、どんなに早くても数カ月がかかります。
相手がそれなりの反論を行って来れば、半年以上かかってしまうかもしれません。
さきほどの事例のような場合、相手が月末の入金を受け取ってしまえば、その後、回収の見込みはありません。しかし、裁判をやっていては月末に間に合うはずもありません。
かといって、相手がもらうはずのお金を実力行使で奪い取っていくこともできません。それをすれば犯罪になりかねないでしょう。
このような緊急事態、つまりのんびり裁判をやっていては手遅れになってしまう、という場合のための制度が用意されているのです。
それが、民事保全という制度です。一般的には、仮差押えや仮処分、という言い方をすることが多いでしょう。
この民事保全が、さきほどのような事例ではきわめて効果的なのです。
では、民事保全、ここでは仮差押えを取り上げますが、この仮差押えを利用すれば、どのような効果が得られるのでしょうか。
さきほどの事例では、相手方Y社が大手取引先Z社から受け取る予定の売掛金を、仮差押えしてしまいます。
売掛金を仮差押えするとどうなるかというと、Z社は、Y社に対して、売掛金を支払うことが禁止されてしまいます。
Z者は、その売掛金を支払わずに手元にお金を残したままにしておくか、法務局に供託するという対応をするしかないのです。
このような、「当面の間、相手に対して売掛金を支払うのを禁止します」という命令を裁判所から出してもらう制度が、仮差押えというものです。
そして、仮差押えによって支払いを止めさせている間に、X社はY社に対して訴訟を提起し、判決を取得すればいいのです。何か月かかっても、場合によっては1年以上かかっても、その間、売掛金の支払いは止まったままとなります。
ですので、ゆっくり判決を取得して、正式な強制執行を行うことができるのです。
仮差押えの手続きは、裁判所の許可を得て行います。裁判所が仮差押えを認めた場合、その大手取引先Z社(法律的には「第三債務者」と呼びます。自社と相手方とは違う、第三者という意味です)に対して、裁判所から次のような命令書が届きます。
債権者の債務者に対する上記請求債権の執行を保全するため,債務者の第三債務者に対する別紙仮差押債権目録記載の債権は,仮に差し押さえる。
第三債務者は,債務者に対し,仮差押えに係る債務の支払をしてはならない。
これだけでは意味がわからないと思いますが、ポイントは、一番最後にある、「仮差押えに係る債務の支払いをしてはならない」という部分です。
このような命令が第三債務者(Z社)に送られ、Z社はこれに強制されます。
もし、この裁判所の命令を無視して代金を支払った場合、なんとその支払いは無効と判断されます。つまり、支払ってないことにされてしまうのです。
この場合、Z社がY社に代金を払ってしまっても、それはなかったことにして、X社に対してもう一度払うように請求できてしまうのです。結局、Z社は、X社とY社に二重払いしなければならないのです。
そのため、仮差押えを受けた第三債務者は絶対にこの命令に従わなければなりません。
このように、裁判を起こしていては、相手の財産がなくなってしまう、後から判決を取得しても意味がなくなってしまう、という場合に、緊急手段としてその財産を凍結し、そのまま残しておくというのが仮差押えという制度なのです。
そして、本来、仮差押えをして凍結した財産を回収するには、その後に裁判を起こして判決を得る必要があります。
しかし、実際には、もっと簡単に解決してしまうことも多いのです。
なぜかといえば、仮差押えは、相手方にとって致命的な打撃を与えるからです。相手は、あてにしている売掛金が、突然、凍結されてしまいます。もともと支払いを滞納し、資金繰りに困っている相手方ですから、それが突然入ってこないことになれば、仕入れ代金や従業員の給料などの運転資金も不足してしまう危険が大きいでしょう。
そうすると、相手方としては売掛金が凍結されたまま放置しておくことはできません。一刻も早く、凍結を解いてもらいたいと思うでしょう。
そのため、ここで相手方との間で、きわめて有利な交渉を行うことができるのです。
具体的には、凍結を解く代わりに、そこから滞納代金の大半を支払ってもらう、という交渉を行うことができます。
本来、仮差押えを行う側(X社)としても、凍結した財産を回収するには裁判を起こし、判決をとる手間と時間がかかってきます。
しかし、相手が話し合いに応じて支払ってくれるのであれば、そのような手間は不要になります。
ですので、凍結した財産をお互い分配することにして、仮差押えを解除する、という協議が成立しやすいのです。
この方法がスムーズにいくと、仮差押えを行ったあと、数日で代金の大半を回収することも不可能ではありません。
依頼を受けてから最速で対応すれば、準備が整えば、仮差押えを数日で行うこともできます。
そうすると、依頼を受けてから1,2週間で代金の回収ができる、ということすらあるのです。
これが仮差押え、民事保全という制度です。
民事保全が非常に強力な制度であることをご理解いただけたのではないでしょうか。
もっとも、この民事保全は簡単に利用できるものではありません。裁判所の許可をスムーズに得るには相当の知識と経験が必要ですし、民事保全には利用の障害になるデメリットもあるのです。
そのあたりについては、次回以降に説明したいと思います。
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